有名人の姓名本質リーディング(6)嵐「大野智」の本質は?
この(6)「有名人の姓名本質リーディング」は、大阪で、悩みをお名前と潜在意識から読み解く本質と使命とトラウマの「姓名本質リーディング」の姓名リーダー三宅麗子のブログ(投稿頁)です。
★有名人の姓名本質リーディング(6)
◆嵐「大野智」の本質は?
おはようございます。三宅です。
今日からは、今、絶好調のアイドルグループ「嵐」のメンバーたちを姓名リーディングします。
「SMAP」の次を継ぐのは?
やっぱりジャニーズ事務所からだと、「TOKIO」「KAT-TUN」「嵐」などが浮かびますが…。
でも、「TOKIO」は、アイドルグループといっても、「SMAP」のように歌いながら踊ったりしない硬派なので、「SMAP」とは一線を画している感があります。
先輩後輩というより、路線が違うライバルといったほうがいいでしょうか。
次に、「KAT-TUN」は、主要メンバーの脱会や引退騒動で、ミソをつけてしまいました。
芸能人のような人気商売には、ファンを無視した騒動はご法度です。
一度、引退した人で、もとの位置に返り咲いた人は皆無に等しいのです。
かつての「岡林信康」「都はるみ」「キャンディーズ」「ピンクレディー」「森昌子」等など。
それほど、ファン心理は微妙です。
熱烈であればあるほど、裏切られたと感じるのでしょうか。
「山口百恵」は、それを悟っていたから、戻ってこなかった…。
それだからこそ、永遠に「山口百恵」は、「山口百恵」であり続け、ファンの心の中に生き続けるのですね。
というようなわけで、「KAT-TUN」も除外。
残るは、「嵐」ですが、さて、彼らは、「SMAP」を越えられるでしょうか?
ということで、「嵐」のメンバーの姓名リーディングとあいなりました。
この「嵐」のイメージは、当初は、「松本潤」が中心というか、前面に出ていたようで、「嵐」らしい雰囲気だったのです。
しかし、現在、人気がピークに達した状態では、「二宮和也」「櫻井翔」などに注目が当たり、ちょっと、「嵐」というイメージからずれていっているように感じます。
それが、ちょっと心配です。
また、リーダーの「大野智」や「相葉雅紀」のキャラクターも貴重ですが、彼らも「嵐」のイメージにはそぐわない。
なのに、人気が最高潮。
これがとっても重要です。
まず、一番手は、やっぱり、リーダーの「大野智」の姓名リーディングでしょう。
彼がリーダーになるには、なるだけの理由があるのですね。
本来、彼は、華やかで、チャラチャラした芸能界には向きません。
ではなぜ、今の彼があるか?
というより、彼と対極的な人が多いので、かえって、目立つのです。
その異質さが、際立つ。
同じような果物の中に違う果物があれば、嫌でも目立つ。
そういう感じなのです。
イメージは全然違いますが、昔、マッチが出てきたときは、周りが「カワイ子ちゃん」の男の子が多い中、「不良っぽさ」が異様に目立っていたというような、そんな構図が見てとれます。
彼の場合は、引っ込み思案というか、素朴さというか、不器用さが、反対に、好感度アップ。
見るファンに、ホッとさせる癒し系タイプでしょう。
それも立派な、個性です。
さて、姓の「大野」の「大」は、【人間が手足を広げて大の字にたった姿を描いたものでおおきくたっぷりとゆとりのある意。】
意味は、【おおきい。形がおおきい。りっぱなさま。おおいに。たいへんに。非常に。はなはだ。あまりにも…でありすぎる。相手のものをほめていうことば。偉大だと認める。おおよその。親類じゅうの同世代の者や兄弟の中で一番上の者をあらわすことば。】とあります。
この「大」がつくだけあって、ゆったりとした、こせこせしない人なのでは。
大器晩成でしょうか。
常に、「大」きなイメージを抱いて生きればいいのですね。
「大野」の「野」は、【「里+予」で、横にのびた広い田畑の、のはらのこと。古字の埜は「林+土」の会意文字。】
意味は、【の。ひろくのびた大地。せま苦しい都市に対して、のび広がった郊外の地。天上の二十八宿に応じて、中国を二十八に区分したときのそれぞれの区域。また、のち、区分したそれぞれの範囲のこと。朝廷に対して、民間のこと。そぼくで洗練されていない。ひなびた。おさえがきかずあらっぽい。かってな、いなかにある家。畑の中の小屋。】とあります。
この「野」も、広々としたイメージがあります。
以外に、束縛や干渉は、彼をイライラさせます。
野放しにしているほうがリラックスする人です。
おとなしそうなイメージですが、どうしてどうして、結構、男っぽいし、男気がある人です。
都会よりも「大地」でのびのびと生きるほうが向いています。
今の東京の生活では、彼らしい「本心」というか「本質」を見せておりません。
自分の立ち位置をよく理解し、周りに合わしているのでしょう。きっと…。
「野」の左の「里」は、【「田(四角く区切りをつけた井田)+土」で、区切りの筋を入れて整理された畑や居住地のこと。俚(いなか)は、その派生語。】
意味は、【縦横にきちんと区画した田畑。さと。縦横にきちんと区画した居住地。むら。いなか。いなかくささ。距離の単位。区画した田畑の一辺の長さを基準とする。行政区画の名。妻または養子の実家。】とあります。
「田舎」でも、全くの僻地ではなく、人が住みよいように開拓されたところのイメージがします。
そういう「村」や「郡」の役場に勤めてもうまくいくでしょう。
「里」の「田」は、【四角に区切った耕地を描いたもの。平らに伸びる意を含む。】
意味は、【平らに耕した土地。平地。日本では水田を田といい、水をはらないのを畑という。狩りをする。田畑のように何かをうむ所。】とあります。
「里」の「土」は、「稲垣吾郎」のところでも書きましたので、引用は省きます。
「土」は、大地の母、方位は中央、色は黄色、内臓で胆、土地の産土等をあらわしています。
これらから、彼は、とても強い土のエネルギーを受けていると思います。
どっしりとした、イメージがします。
これからの彼が楽しみです。
ただ、都会は彼にとっては、生きにくく、休暇などがあれば、自然を求めて、山や海に身を置くと、彼にとっての癒しとなります。
都会から離れることですね。
極力、休日は…。
「野」の「予」は、【まるい輪をずらせて向こうへ押しやるさまを描いたもので、押しやる、伸ばす、のびやかなどの意を含む。杼(横糸を押しやる織機の杼)の原字と考えてもよい。】
意味は、【あたえる。面前のものを他人の前まで押しやってあたえる。われ。一人称の代名詞。】とあります。
人に尽くすということは、公務員的な生き方が本来、彼には向くのでしょう。
ビジネスや商売には縁遠い。
犠牲的精神の持ち主でしょうか。
芸能人も、ビジネスや商売からちょっと、かけ離れていますので、こういうところから芸能界と縁があるのでしょうか。
物を介してではなく、自分の才能で人々に、何かを与える…。
音楽、演劇、美術、趣味に関わるコト等々。
音楽で骨を埋めるようでもなく、演劇に進むようでもなく、彼は絵画や書道や工芸で趣味を域を出るのでは。
体を動かすよりも、精神を高めて何かの形に昇華するものが…。
また、人に何かを譲ったり、与えたりすることは、自然にできる人ですので、仲間は信頼・安心するのでしょう。
そういう彼だからこそ、リーダーなのでしょう。
色んなリーダーがいますが、これからは彼のような人がリーダー像なのでしょうか。
人に敵愾心を与えない人、好き嫌いがない人、人を押しのけない人、等などの、要するにアクのない人、欲のない人といえるでしょう。
「鳩山由紀夫」に通じるような…。良い悪いは別にして。
次に、名の「智」ですが、この字は一文字ですが、とても色々な意味を含んでいます。
「智」は、【「曰(いう)+息がつかえて出るさまの印+知」。ずばりといいあてて、さといこと。】
意味は、【さとい。物事をずばりと会得したり、あてたりできる。知恵や術にすぐれている。物事をとらえて、理解する働き。知恵。賢いと思う。】とあります。
彼は、自分の本質をよく理解している人なので、人と孤立しても、平気なのです。
孤独は、彼に安らぎを与えます。
理解していても、それを外に向かって、表現しないのですね。
表現するという行為は、とても都会的なのです。
彼の精神は、昔の野武士のような感じがします。
「智」の「知」は、【「矢+口」で、矢のようにまっすぐに物事の本質をいい当てることをあらわす。名詞のちえをあらわすが、知で代用する。】
意味は、【しる。物事の本質を正しく見とおす。ずばりと当てる。感覚や判断・記憶などの働きを含めていう。しらせる。相手がしるようにする。物事を正しく見ぬく力がある。また、その力をそなえた人。交際して相手をよくしっている。その値うちをよくしっている。しりあい。州・県の役所の仕事をよく心得ている。また、そのような人。主任や地方の長官。物事の本質をみぬく能力。ちえ。陽明学派で良知(人間固有の良心)のこと。】とあります。
素晴らしい名前です。
賢いだけでなく、良心的な人格者の名前でしょう。
物ごとの本質を見抜く眼力があるので、創造的なクリエイターに向くのではないでしょうか。彼は…。
私には、そういうイメージがとてもするのですが…。
本来は、そちらの世界で生きれる人なのかも。
でも芸能人は、クリエイティブな活動にも向く人が多いので、彼もそうかもしれません。
クリエイティブな世界で生き抜くには、なかなか厳しい面があるので、まず、有名になって、名を知らしめてから、という方法もありかな。
「知」の左の「矢」は、「中居正広」でも書きましたので、引用は省きます。
矢は刃物などと違いますが、武器は武器なので、彼の言うことには、知らず知らずのうちに従うような感じがします。
或いは、黙っていても、納得させるというような…。
「知」の右の「口」は、「木村拓哉」でも書きましたので、引用は省きます。
後でも再度、出てきます。
また「智」の下の「曰」は、「日(ひ)」ではなく、「曰(いわく)」です。
この「智」の「曰」は、【「口+かぎ印」で、口の中からことばが、かぎ型に出てくることを示す。口をまるくゆとりをあけてことばを出す意。漢字を組みたてるさい、曰印は、いうの意に限らず、広く人間の行為を示す音符として用いられる。】
意味は、【いう。口をあけてものをいう。発言した内容を次に導くときに用いる。名づけて…という。いわく。のたまわく。いうことには。「いはく」は、「おそらく」と同じで、動詞「いふ」の未然形に「く」をつけた奈良時代の言い方。ここに。さて。そこで。理由。わけ。】とあります。
彼は、結構、理屈っぽいのではないでしょうか。
また、自分の信じたことは、人がなんと言っても無視するでしょう。
要するに、人の目を余り気にしない人で、無理に人と合わすこともしない。
独立独歩、というような感じがしますね~。
「曰」の「口」は、「木村拓哉」でも書きましたので、引用は省きます。
この「口」は、二つあります。
彼は、本来は、喋ることは、苦手ではないはずです。
ただ、二つもあるので、「口」が災いのもとということも、しっかり、悟っているはずです。
それがこの「智」でもあります。
だから、なお、慎重になるのではないでしょうか。
何か、おどおどした雰囲気が漂いますが、これは本当かな~。
かつて、前世で、失敗を犯したことがあったのでしょうか。
余りにも、正反対なイメージが読み取れます。
本質が、現在の現れてるイメージ通りであれば、決して、芸能人にはなっていないはずですし、リーダーにもなっていないはずだからです。
本質は、もっと大きな人物で、賢く、聡明で、思ったこともきっちり喋れるはずなのでしょう。
でも、「智」は、必要な場所で、必要な時に、必要な事を、考え考えながら、相手に伝えるようなそんなイメージがしますので、必ずしも、おしゃべりなイメージにはならないでしょう。
周囲が、彼の本質をきっちり、悟れば、彼も、それに合わせて、あらわすことでしょう。
もう少しで、それも可能でしょうか。
でも、芸能界では、あまり、活躍したいと思っておらず、今の状態が彼にとっては、ベストなのではないでしょうか。
違うことに興味があるから、不安ではないのでしょう。
全然。全く。
他の分野での活躍も期待します。
若い時の進路は手段であってもいい。本当にやりたいことを見つけること。
※注1:このブログ(2010.3.13にアップ)は、削除していたのですが、多くのご要望があったために、今回(2019.2.10)、再度、アップすることにいたしました。ただ、読みやすいように「太字」や「ピンク」にしていますが、本文の内容に関わる部分は、変更しておりません。また、ここでは「漢字」のみの「姓名リーディング」なので、「姓名解読リーディング」や「姓名本質リーディング」ではありません。
※注2:「姓名リーディング」の目的は、本質を知ることです。当てるのではなく問題を解決するために、本人と家族、特に両親もリーディングする必要があります。本人の「姓名リーディング」だけでは、完全ではないことをおことわりしておきます。また、極力、批判、非難にならないように気を付けておりますが、もしそういう風にお感じになれば、私の稚拙な文章のせいだとお考えいただければ幸甚に存じます。敬称は略。
※注3:ピンク色の部分は引用です。引用資料:「漢字源」学研・「広辞苑」岩波書店等々。